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東京地方裁判所 平成元年(ワ)16369号 判決

原告 高橋晋

同 井上丹

右両名訴訟代理人弁護士 井上幸夫

同 橋本佳子

同 小林譲二

被告 有限会社 東京教育図書

右代表者代表取締役 上村浩郎

右訴訟代理人弁護士 川田敏郎

主文

一  原告らが、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告高橋晋に対し、昭和六三年五月から本判決確定の日まで毎月二五日限り金二一万九〇〇〇円及びこれに対する同月二六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告井上丹に対し、昭和六三年五月から本判決確定の日まで毎月二五日限り金二五万一五〇〇円及びこれに対する同月二六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

四  被告は、各原告に対し、それぞれ金五〇万円及びこれに対する平成元年一二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  原告らの訴えのうち、本判決確定の日の翌日以降に支払期日の到来する賃金及びこれに対する遅延損害金の請求に係る部分をいずれも却下する。

六  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

七  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

八  この判決は、第二ないし第四項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告らが、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は、原告高橋晋に対し、昭和六三年五月以降毎月二五日限り金二七万一六〇〇円及び同月二六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

3  被告は、原告井上丹に対し、昭和六三年五月以降毎月二五日限り金二九万六三〇〇円及び同月二六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

4  被告は、各原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成元年一二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は被告の負担とする。

6  2ないし4項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  原告らの主張

1  被告会社は、「数学教育研究会」及び「英語教育研究会」の名称で、数学・英語教材の作成・販売、数学・英語教室の経営を行っている資本金一五〇〇万円の有限会社である。

原告高橋晋(以下「原告高橋」という。)は、昭和六〇年一一月に、原告井上丹(以下「原告井上」という。)は、昭和五三年四月に、それぞれ被告会社に従業員として雇用された。

2  被告会社は、原告らに対し、昭和六三年三月二五日、経営危機を回避するための人員整理と称して、解雇の意思表示をし(以下、この解雇の意思表示を「本件整理解雇」という。)、これ以降原告らを従業員として扱わず、昭和六三年五月分以降の賃金を支払わない。

3  本件整理解雇は、解雇権の濫用であるばかりでなく、組合及び分会を嫌悪していた被告会社が当時それぞれ分会委員長、副委員長であった原告高橋、原告井上を被告会社から排除するためにしたものであり、不当労働行為に当たるから無効である。

被告会社が組合及び分会を嫌悪していたことは、次の事実から明らかである。すなわち、昭和六二年五月二日、当時の被告会社従業員一六名の内、原告らを含む八名が、東京出版合同労働組合(以下「組合」という。)に加入して数学教育研究会分会(以下「分会」という。)を結成し、同月一九日、被告会社に分会結成を通告したところ、被告会社は、組合及び分会を嫌悪し、右分会結成通告の直後から、分会員に対し様々な嫌がらせを行った。これらの嫌がらせのうち原告らに対するものは、次のとおりである。

(一) 同月二二日から、原告井上から従来の仕事を取り上げて、教室指導者勧誘のためダイレクトメール送付先を戸別訪問させた。

(二) 同年六月一日以降、原告らを含む分会員が外部からの電話を受けることを禁止した上、分会員へ組合関係の電話を取り次がなかった。

(三) 同年七月二一日、原告井上に対し、七月いっぱい自宅で過去の勤労態度を反省し、自己変革を遂げて出社するよう命じ、これに対して組合が抗議すると、自己変革建白書を提出しなければ解雇する旨通告した。

(四) 同年八月、原告井上に対して、「会社が指示したこと以外の仕事をするな。」と述べた上、トイレの清掃、落書消し、教材の発送作業等の単純作業だけに従事させた。

(五) 同年一〇月、分会委員長に就任した原告高橋から、従来の仕事を取り上げて、ちらしの全戸配付を命じた。

(六) 同年一二月二五日、原告高橋に対し生徒増対策提出の業務命令に従わなかったとして始末書の提出を命じた上、これに従わなかったとして、出勤停止の処分をした。

(七) 昭和六三年一月から二月にかけて、原告高橋に対し、その必要がないにもかかわらず、業務命令の形で、報告書の提出を命じたり、質問をしたりして嫌がらせをした。

(八) 同年一月一二日、原告高橋を中央教室の担当から外した。

4  本件整理解雇当時、原告高橋は月二七万一六〇〇円、原告井上は月二九万六三〇〇円の賃金を毎月二五日に被告会社から支給されていた。

5  右3の(一)ないし(八)記載の各嫌がらせ行為及び本件整理解雇は、原告らに対する不法行為であり、原告らがこれによって受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては、各五〇〇万円が相当である。

6  よって、原告らは、それぞれ、被告会社に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認、昭和六三年五月以降毎月二五日限り賃金及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまでの商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払並びに不法行為に基づく慰謝料五〇〇万円及びこれに対する平成元年一二月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  原告らの主張に対する認否

1  原告らの主張1、2の事実は認める。なお、被告会社は、本件整理解雇に際し、解雇予告手当として、原告高橋に二五万三五四七円、原告井上に二八万七〇〇五円を支払った。

2  同3の前段は争う。

後段の事実中、分会結成及びその通告があったこと、被告会社が(一)ないし(八)の措置を採ったことは認める(ただし、(三)の内、解雇通告をしたとの点は否認する。)が、これらの措置が嫌がらせであったとの点は否認する。いずれも被告会社に必要な措置を採ったものである。

3  同4、5の事実は否認する。

三  被告会社の主張

1  整理解雇

本件整理解雇は、次のとおり、被告会社の経営危機を回避するための人員整理として行ったもので、有効である。

(一) 整理解雇の必要性

(1) 被告会社の事業は、被告会社の現代表者である上村浩郎が昭和四四年四月一日に開始した「数学教育研究会」が行っていたものであるが、昭和四六年四月五日に設立された被告会社が、これを引き継いだもので、被告会社は、次のような形態で事業を行っている。

① 数学の教授方法の一つである「水道方式」により、「数の導入」という単元から「微分・積分」「代数・幾何」という単元まで、児童・生徒が理解しやすいように、独自に教材を作成する。

② 新聞等の広告、ちらし、ダイレクトメール、訪問勧誘等により、小中学生を対象に教室(塾)を開いて数学を教えたいという人を募集する。

③ 右教室に教材を提供するとともに、教室の運営及び生徒の指導について助言、援助を行い、その対価として、生徒が教室に納める入会金及び会費の一定割合を教室から納入してもらう。

④ このほか、被告会社が直接に生徒を集め、教室を経営する。

(2) 被告会社は、社会の教育熱の高まりとともに順調に業績を伸ばし、昭和六〇年一二月には、全国で契約教室数八一四、生徒数一万三三七九名となった。

ところが、被告会社の大阪支局を運営していた六名の従業員の内、山本支局長及び四名の支局員が、昭和六〇年九月頃より被告会社から独立して被告会社と同一の業務を行うことを計画し、同年一二月から翌年三月にかけて順次退職して有限会社数楽会(以下「数楽会」という。)を設立し、被告会社が著作権を有する教材を複製頒布し、被告会社と契約している教室指導者に働きかけて、教室を被告会社から離脱させ、数楽会に所属させるなどの違法行為を行った(この事件を以下「大阪事件」という。)。

このため、被告会社大阪支局の昭和六〇年一二月現在の所属教室数は三〇三、生徒数は五二五六名であったところ、昭和六一年一二月には一三七教室、一九四一名と激減し、この影響で、東京においても昭和六〇年一二月現在の所属教室数は五一一、生徒数は七九四六名であったのが昭和六一年一二月には四九一教室、六八九二名に減少した。

(3) この結果、被告会社の営業収入は、昭和六〇年度(営業年度は四月一日から翌年三月三一日まで)には二億五七九七万一九八四円であったところ、昭和六一年度には一億九五五九万四四四七円、昭和六二年度には一億八〇二〇万四七四二円に落ち込み、被告会社は、昭和六二年度には五六〇万六六三九円の営業損失を計上した。

(4) 被告会社の経費(一般管理費及び販売費)の内、最も大きなものは従業員の給料であり、右のように営業収入が激減し、その回復が困難な状況にあっては、従来の従業員数を維持したまま事業を継続すれば倒産することが確実な状態となったので、被告会社は人員整理の措置をとらなければならなくなった。

(二) 解雇回避の努力

(1) 希望退職者の募集

被告会社は、組合に対し、昭和六二年一一月九日、希望退職者二名を募る件について、同月一三日に話合いをすることを求めた。ところが、分会は、一三日当日、話合いに先立って抗議集会(ストライキ)を行い、その際、希望退職者募集は、指名解雇を予定した解雇予告攻撃である旨一方的に宣言した。

次いで、被告会社は、同年一二月二六日、希望退職者二名を募る件について、組合と話合いをしようとしたが、被告会社が希望退職者を募集しなければならなくなった事情の説明に入ろうとしても、組合は、指名解雇を正当化する説明には応じられないとして、説明をさせなかった。

さらに、昭和六三年一月一九日の団体交渉においても、組合は希望退職者募集を撤回して労使関係を改善するよう主張するのみで、希望退職者募集の説明を聴こうとしなかった。

また、被告会社は、同月二六日の団体交渉において、経理担当者をも出席させて経営状態を説明しようとしたが、組合は、労使関係改善のための要求が認められないのなら、話合いには応じられないとして退席した。

そこで、被告会社は、同年二月一日、組合に対し、希望退職を募る件及びその背景となる月次決算の内容についての話合いを同月五日に行うことを書面で申し入れたが、組合は、話合いを拒否し、労使関係改善のための団体交渉の開催が先であると文書で主張した。

以上のとおり、被告会社は、組合に対し、希望退職募集をしなければならなくなった事情を再三にわたって説明しようとしたが、組合がこれを拒否し続けたため、日時が徒に経過し、被告会社は、経営悪化により給料の一部遅配をしなければならない状況に追い込まれた。

そこで、被告会社は、同年二月一六日、希望退職者募集を行うことを従業員に通知した。この通知では、希望退職の募集期限を同月末日とし、応募者に対して割増退職金を支給することとしていた。

しかし、この希望退職者募集に対しては、期限内に応募者はなかった。

さらに、被告会社は、同年三月七日、東京本部の従業員に対し、口頭で退職勧奨を行ったが、これについても応募者はなかった。

このように、被告会社は組合に対し誠意をもって希望退職者募集をしなければならない理由を説明しようと努力してきたが、組合は全くこれに応じなかったので、倒産を避けるため、原告らを整理解雇したものである。

(2) 指導者の募集及び生徒数の維持

被告会社は、その所属教室から納入される納入金及び被告会社が直営する中央教室の生徒の月謝で経営を維持している。したがって、被告会社の業績回復のためには、納入金や生徒の月謝を値上げすることが簡易な方法ではあるが、同業者との競争も激しかったため、値上げは容易ではなかった。

そのため、被告会社は、昭和六二年より、新しく教室を開設しようという指導者を募ることとした。具体的には、大学を卒業した女性で一定地域に居住する者に対し教室指導者となるよう勧誘することとし、その方法としては、まず名簿を入手して対象となる女性をリストアップし、ダイレクトメールを発送した上、従業員に、地域を担当させて戸別訪問をさせることとし、まず同年四月九日に一二四〇通のダイレクトメールを発送し、同年五月二一日より、原告井上外三名の従業員を戸別訪問の担当にした。しかし、この四名が熱意をもって取り組まなかったため所期の成果が上がらず、人件費と交通費の負担が増大するのみであったため、被告会社は、指導者の募集を二か月で中止した。

また、指導者の都合で昭和六二年七月に閉鎖する予定の教室がいくつかあったが、被告会社は、その教室を維持して生徒数の維持を図ることとし、次の指導者が決まるまでの間、他の教室の指導者等を派遣して、閉鎖予定教室の維持を行った。

(3) 補充採用の停止

被告会社は、大阪事件に際し、大阪地方裁判所に対し著作権侵害差止めの仮処分を申請したが、この事件は四千枚にのぼる教材が対象となっており、その資料作成に追われ、役員や総務部長までが多忙となったため、昭和六二年一二月以降、現金出納係の仕事は総務部長が兼任することにした。

また、昭和六二年七月末に、教材発送の業務を担当していたアルバイト学生が退職したが、補充募集はしないで、原告井上にこの業務を担当させた。

(4) 教材の作成

被告会社の業績を回復させるためには、より良い教材で採算の取れるものを作成する必要があったが、被告会社は、中学一年生用の図形教材を昭和六三年一月に、同二年生用の同教材を昭和六一年五月に、同三年生用の同教材を昭和六一年一月に完成させた。他方、高校生用の教材は、所属教室に在籍する高校生の教が少ないうえ、写植代が小中学生用のそれよりも倍以上にかかることから作成を見合わせることにした。

(5) 経費の削減

被告会社は、経費の節減を行い、昭和六〇年度には二億三〇五三万七七二二円であった経費を、昭和六一年度には二億〇四五八万二六〇三円、昭和六二年度には一億八四一四万九三二六円に削減した。

(6) 手当の返上

被告会社の業績回復のため、役員及び管理職の従業員は、深夜まで残業手当なしで働いている。また、社長及び取締役は、生徒募集の説明会に出張して業績を上げようと努力し、両者の出張日数は、それぞれ年間二〇〇日、一〇〇日を超えている。

(三) 解雇対象の人選の合理性

(1) 原告高橋の勤務状況

① 被告会社は、昭和六二年五月、分会員である小金が教材部から総務部に配置転換となり、教室指導者勧誘のための戸別訪問を担当することになったため、原告高橋に、小金が担当していた教材作成業務を担当させることにした。ところが、組合は、同年八月七日、この措置は、ベテランの組合員を仕事から切り離し、他の組合員にその仕事の引継ぎを命じて過重な仕事を押しつけるものであり、組合に対する組織攻撃である旨文書で被告会社に抗議してきた。被告会社が、原告高橋に仕事が過重であるかどうか問いただしたところ、同原告は過重である旨答えたので、被告会社は組合及び原告高橋の要望どおり、同原告を教材作成業務の担当から外した。

また、原告高橋は、教室指導者が被告会社の高校生用教材について学習するための高校教材学習会を担当していたが、昭和六二年七月頃から、他の問題集からのコピーを使うなど、被告会社の方針を無視して同学習会を運営した。そのため右学習会は単なる高校数学の学習会となってしまい、被告会社は、同年一一月二〇日から右学習会を中止し、原告高橋を担当から外した。

そのため、原告高橋は時間に余裕ができたので、被告会社は、業績回復のための重要な業務である、ちらしの配付を高橋に担当させることにした。ところが、原告高橋及び組合は、右の一連の措置を同原告からの仕事の取上げ、嫌がらせであると主張してきた。

② 昭和六二年四月、中央教室の数学指導を前任者から原告高橋に引き継いだが、その当時五五名いた生徒は同年一〇月には三一名に減少し、その後も生徒数は増加せず、採算限度である生徒数三〇名を割り込むことが必至の状況であった。そのため、被告会社は、同年一二月一五日、原告高橋に対し、生徒数増加のための方策を提出するよう業務命令を出したが、原告高橋は、これを拒否した。そこで、被告会社は、同月二五日、原告高橋に対し、始末書を提出するよう命じたが、原告高橋はこの命令も拒否したので、被告会社は、同日、原告高橋に出勤停止五日の処分を行った。その後、被告会社が、昭和六三年一月八日、原告高橋に対し、改めて生徒数増加のための方策を提出するよう命じたところ、原告高橋は、同月一一日、報告書を提出したが、その内容は具体性を欠いていた。そして、同月には、中央教室の生徒の数は二九名に減少してしまった。原告高橋に中央教室を担当させ続ければ、同教室がモデル教室としての役目を果たせなくなり、経営上の損失も生じるので、被告会社は、同月一二日、原告高橋を中央教室の担当から解任した。

その後、被告会社が、中央教室を退会した生徒から原告高橋について調査したところ、原告高橋は生徒を無視した指導をしていたことが明らかになった。

③ 原告高橋は、同年三月一日、ちらしの配付を命じられていたにもかかわらず、この業務を放置し、担当を命じられてもいない父母説明会に出席した。この件について、被告会社が、原告高橋に始末書を提出するよう命じたところ、原告高橋は、自己の非を認め、今後そのようなことをしないよう気をつける旨の始末書を提出した。

④ 原告高橋は、被告会社から教材の改訂を命じられたところ、他社が出版している教材の内容を引き写したものを被告会社に提出した。

また、原告高橋は、被告会社の教材の内容を勝手に自己の著作に取り入れて、被告会社の著作権を侵害した。

(2) 原告井上の勤務状況

① 被告会社は、昭和六二年五月二二日以降、原告井上に対し、指導者勧誘のための戸別訪問を担当させたが、原告井上は、これを意欲的に実行しようとはせず、同年七月一八日には教室指導者の勧誘策を提出するよう指示されたが、これにも従わなかった。そこで、被告会社は、原告井上に対し、同月二二日から同月三一日までの間、自宅で反省し(ただし有給とする。)、自己変革を遂げ、その経緯を書面で提出するよう命じたが、原告井上は、この書面を提出しなかった。

② 被告会社は、同年八月、原告井上に教材の管理及び発送の業務を担当するよう命じた。しかし、原告井上は、熱意をもって仕事をせず、発送業務は停滞した。すなわち、各教室から教材の発注があったときには、直ちに発送しなければ生徒指導に支障を来すので、被告会社では、教室から発注書が到着した当日のうちに教材を発送することを原則としていたところ、原告井上は、発注書が郵便で届く午後三時から四時頃までは無為に時間を潰し、発注書が届いた後ものろのろとした態度で仕事に当たり、就業時間を過ぎると仕事を途中で中止して帰宅し、残業したときも、やはりのろのろとした態度で仕事をしていた。

③ 被告会社は、同年一二月一五日、原告井上に対し、新しく教室を増やすための企画報告書の提出を求めたが、原告井上は、この業務命令に反抗し、報告書を提出しなかった。

④ その他、原告井上は無断欠勤が多く、所属教室の説明会に登山着姿で出席して教室指導者から顰蹙をかったこともあった。

(3) 原告らの考課結果

被告会社は、その従業員に対し、勤勉性、迅速性、正確性等一〇の項目について各五段階の考課を行い、その結果を昇級の査定等に際して利用していたが、本件整理解雇に際しても、この考課を使用した(ただし、勤勉性の判断については、特に「業務上の指揮命令について」という点も考課の対象とした点が従前の考課と異なっていた。)。具体的には、まず従業員の直接の所属長に考課をしてもらい、この結果を理事会で再検討し、所属長の個性を捨象して平準化を行い、かつ所属長の考課自体をも再度吟味し、これをもとに考課表を作成した。ところで、原告らの勤務状況は右の(1)(2)のとおり劣悪であり、そのため原告らに対する所属長、理事会の考課は他の従業員に比べて著しく低かった。すなわち、他の従業員は、一名が二〇点であったほかは全員が二八点以上であったのに対し、原告高橋は一三点、同井上は一六点であった。

このように評価の差が大きい以上、被告会社としては、原告ら以外の者を整理解雇の対象に選ぶことはできなかった。

2  懲戒解雇

仮に本件整理解雇が無効であるとしても、被告会社は、平成元年一二月二九日ころ、原告らに就業規則二七条に所定の懲戒事由(同条三号の「業務の遂行を妨げたとき」、同条五号の「会社の名誉信用を傷つけ、または会社の利益に明らかに反する行為が認められたとき」、同条六号の「会社の秘密を漏らし、または漏らそうとしたとき」)に該当する行為があったとして、原告らを懲戒解雇するとの意思表示をした(以下、この解雇の意思表示を「本件懲戒解雇」という。)。原告らの懲戒事由は次のとおりであり、本件懲戒解雇は有効である。

(一) 原告らは、昭和六二年一二月頃から、休日を利用して、教室指導者に対し、地域の指導者の集まりを開催するので出席するよう電話で連絡し、あたかも被告会社が経営する数学教育研究会の指導者の地域集会を開催するかのように装って、ここに出席した指導者に対し、大阪事件を起こした山本らの行為を擁護する発言を行い、かつ、出席しなかった指導者に対しても、電話や訪問により、同様の発言を行った。

(二) 原告らは、平成三年、教室指導者に対し、大阪事件は山本らの被告会社に対する重大な背信行為であるにもかかわらず、これがあたかも被告会社内部の経営紛争であるかのように印象つける文書を発送して、被告会社の信用を傷つけた。

(三) 原告らは、昭和六三年六月、仮称数学教育研究会指導者連絡会議という集まりを発足させ、本来、被告会社の取引先であるに過ぎない教室指導者を、被告会社の経営に関与させようとした。

(四) 被告会社は、山口益澄ら三名の指導者が被告会社の指導方針と異なる生徒指導を行い、また教室に在籍する生徒に必要な数をはるかに超えて教材を請求し、被告会社の定めた教育方針に従わなかったので、平成元年一月、これら三名との間の教室開設委託契約を解除した。

原告らは、同年三月、右三名の立場を擁護し、被告会社の指導方針や教材管理のあり方を非難する文書を、かねて被告会社から持ち出しておいた名簿を利用し、全国の指導者に対し送付して、被告会社の業務を妨害した。

(五) 被告会社は、平成元年一月から、教室指導者との間の契約関係を明確にするため、指導者らとの間で契約書の作成を開始したが、原告らは、一部の指導者とともに、これに反対する内容の見解書を同年三月、指導者に送付して、被告会社の業務を妨害した。

(六) 被告会社が、指導者に高校生を指導するだけの力量があるかどうか確認するために、テストを実施しようとしたところ、原告らは、平成元年三月、これに反対する旨の見解書を指導者に送付し、被告会社の業務を妨害した。

(七) 被告会社が指導者から受け取る納入金は、生徒が小学生、中学生のいずれであっても同額であるが、被告会社が中学生用教材の充実を図った結果、中学生用の教材の量が増え、採算が成り立たなくなったため、被告会社は、平成元年四月から、中学生分の納入金を値上げした。また、諸経費の増加に伴い、平成二年の後半頃から、各地域の実情に応じて、会費の値上げを実施することを計画した。

原告らは、平成元年三月、これに反対する旨の見解書を指導者に送付し、被告会社の業務を妨害した。

四  被告会社の主張に対する認否及び反論

1  整理解雇について

(一) (一)の事実中、(1)ないし(3)は認める。(4)は争う。

被告会社は、人員整理を行わなければならないような経営状態にはなかった。昭和六一年三月の決算では、営業利益が二五七六万円余り、経営利益は一八〇一万円余りとなっており、営業利益が売上の一〇パーセント、経常利益も売上の約七パーセントに及んでいた。被告会社の教育方式は、社会的な評価を受けており、今後も業績の延びることが期待される。昭和六二年三月の決算で、当期損失二一四万円余り、昭和六三年三月の決算では当期損失一〇〇万円余りを計上しているが、これは大阪事件の影響で一時的に生じたものである。

そもそも、本件整理解雇当時、被告会社の従業員数は営業活動を継続するために必要な最低限の人数であり、それ以上の人員削減はかえって企業の存立を危うくする状態であった。事実、被告会社は、原告らを解雇する以前からアルバイトを募集し、本件整理解雇の翌日から上村浩郎社長の次男を就労させ、さらにその後アルバイト従業員を募集して、人数を確保しているのである。

(二) (二)(1)の事実は否認する。なお、被告会社は、人員整理の必要性についても説明、協議を尽くしておらず、組合が経営状況について説明を求めても、これを拒否した。

(三) (二)(2)の事実中、会費の値上げが容易でなかったとの点は否認する。被告会社は、平成元年四月から平成二年四月にかけて、会費及び納入金の値上げを実施しており、原告らの試算によれば、平成元年四月から一年間の増収は二八七一万円余り、平成二年四月から一年間の増収は四九九三万円余りとなる。

ダイレクトメールの発送、戸別訪問の実施及びその中止は認めるが、その趣旨は争う。戸別訪問は、組合員に対する嫌がらせとして行われたものである。

閉鎖予定の教室を維持したことは認める。

(四) (二)(3)ないし(6)の事実は認める。

(五) (三)(1)①の事実中、被告会社が、原告高橋から仕事を取り上げ、ちらしの配付をさせたこと、②の事実中、被告会社が、報告書の提出を命じ、出勤停止の処分を行い、中央教室の担当を解任したことはそれぞれ認めるが、これらはいずれも嫌がらせとして行われたものである。その余の点は否認する。③の事実は認める。④の事実は否認する。

(六) (三)(2)①の事実中、被告会社が原告井上に戸別訪問をさせたこと、自宅で反省し、報告書を提出するよう命じたことは認めるが、これらはいずれも嫌がらせとして行われたものである。その余の点は否認する。②及び④の事実は否認する。③の事実中、被告会社が企画報告書の提出を求めた点は認めるが、その余は否認する。既に報告書は提出済であった。

(七) (三)(3)の事実は否認する。被告会社は、本件整理解雇に至るまでの間、人事考課について説明したことは一度もない。人事考課表は、本件整理解雇の後になって、その正当性を偽装するために作成されたものにすぎない。

2  懲戒解雇について

被告会社が本件懲戒解雇をしたこと、昭和六三年六月教室指導者が仮称数学教育研究会指導者連絡会を発足させたこと、平成元年一月被告会社が山口ら三名の教室指導者に対し契約解除を通告したこと、同月から被告会社が教室指導者と契約書の作成を始めようとしたこと、被告会社が同年四月から中学生の納入金の値上げを、同年九月から会費の値上げを順次実施したことはいずれも認めるが、その余は否認し、争う。仮に何らかの懲戒事由が存在するとしても、本件懲戒解雇は解雇権を濫用してなされたものであり、無効である。

第三証拠《省略》

理由

一  本件整理解雇の効力について

原告らがその主張のとおり被告会社に雇用されたこと及び本件整理解雇をしたことは、当事者間に争いがないところであるから、まず、本件整理解雇の効力について判断する。

(本件整理解雇に至るまでの経緯)

本件整理解雇に至るまでの経緯についてみると、争いのない事実、《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。《証拠判断省略》

1  被告会社は、肩書地に本部事務局、大阪及び札幌に支局を置く有限会社であり、数学教育研究会及び英語教育研究会という名称で、教室指導者(主に、小中学生を対象に、教室を開設し、算数、数学、英語を教える人)を募り、応募した教室指導者に被告会社の開発した独自の教材を提供するとともに、教室の運営、生徒の指導について助言、援助を行い、その対価として生徒が教室に納入する入学金、会費の内の一定割合を受け取るほか、自らも、本部事務局に中央教室、大阪支局に天満橋教室と称する直営教室を開設して、数学、英語を教えるという形態で営業をしている。

2  原告高橋は、昭和六〇年一一月一日、被告会社に雇用され、算数・数学教材の作成、教室指導者を対象とする学習会、教室指導者向けの機関紙「研究会たより」への記事の連載等の業務に従事し、昭和六二年四月からは、中央教室での教育指導をも担当していた。

原告井上は、昭和五三年四月一日、被告会社に雇用され、生徒・教室指導者の募集、教室指導者に対する講習の業務に従事していた。

3  被告会社大阪支局の昭和六〇年一二月現在の所属教室数は三〇三、生徒数は五二五六名であったところ、右大阪支局を運営していた六名の内、山本支局長及び四名の支局員が、昭和六〇年九月頃より被告会社から独立して被告会社と同一の業務を行うことを計画し、同年一二月から翌年三月にかけて順次退職し、数楽会を設立し、被告会社が著作権を有する教材を複製頒布し、被告会社が契約している教室指導者に働きかけて、教室を被告会社から離脱させ、数楽会に所属させるという事件(大阪事件)が発生した。このため、翌昭和六一年一二月の大阪支局所属の教室数、生徒数は、一三七教室、一九四一名と激減した。また、東京においても昭和六〇年一二月現在の所属教室数は五一一、生徒数は七九四六名であったものが、翌昭和六一年一二月には四九一教室、六八九二名に減少した。

その結果、被告会社の営業収入は、昭和六〇年度(営業年度は四月一日から翌年三月三一日まで)は二億五七九七万一九八四円であったところ、昭和六一年度には一億九五五九万四四四七円、昭和六二年度には一億八〇二〇万四七四二円に減少した。被告会社は、経費の節減を行い、昭和六〇年度には二億三〇五三万七七二二円であった一般管理費及び販売費を、昭和六一年度には二億〇四五八万二六〇三円、昭和六二年度には一億八四一四万九三二六円に削減したが、これにもかかわらず、昭和六〇年度には二五七六万八二三一円の営業利益を上げていたのが、昭和六一年度には一一〇〇万五九六二円、昭和六二年度には五六〇万六六三九円の営業損失を計上することとなった。

4  そこで、被告会社は、昭和六二年四月頃、増収を図るため契約教室の数を増やすことを計画し、大学卒女性を対象に、教室指導者を募る旨のダイレクトメールを一二四〇通発送した。

また、指導者の都合で昭和六二年七月に閉鎖する予定の教室に他の教室の指導者を派遣して閉鎖予定教室の維持を行い、昭和六二年二月からは総務部長が現金出納係の仕事を兼任し、昭和六二年七月末に教材発送の業務を担当していたアルバイト学生が退職したが、補充募集はしないで、原告井上にこの業務を担当させた。さらに、教材の充実を図り、中学三年生用、同二年生用、同一年生用の各図形教材をそれぞれ昭和六一年一月、五月、昭和六三年一月に完成させた。役員及び管理職従業員は手当なしで残業をし、上村浩郎社長(以下「上村社長」という。)及び上村純子取締役(以下「上村取締役」という。)は、生徒募集の説明会に出張して業績を上げる努力をし、右両名の出張日数は、それぞれ年間二〇〇日、一〇〇日を超えるに至った。

5  被告会社は、昭和六一年末は一時金を支給せず、昭和六二年には賃上げも実施せず、同年四月からは始業時を早めるよう就業規則を改訂した。

これを契機に、被告会社の従業員一六名のうち原告らを含む八名は、昭和六二年五月二日、東京出版合同労働組合数学教育研究会分会を結成し、東京出版合同労働組合(東京都内の出版関連産業の事業所毎に組織された職場組織及び労働者で構成する労働組合であり、日本出版労働組合連合会(以下「出版労連」という。)に所属している。)に加入した。このとき、原告らはいずれも分会副執行委員長に就任した。なお、分会の執行委員長は佐藤光良、書記長は小金洋子、書記次長は西野尚美であった。

6  昭和六二年五月一九日、出版労連及び組合の組合員が、被告会社を訪れ、被告会社の上村社長に面接し、分会員らが上村社長に対し、分会結成の通告、春闘要求を行い、さらに組合活動のための被告会社施設の使用について協議を申し入れた。

被告会社は、これ以降、組合に対する嫌悪の感情を露にするようになり、分会ないし分会員に対して次のような嫌がらせ行為を行った(被告会社は、仕事の取上げ、命令及び質問、電話取次ぎ拒否は、必要な措置であった旨主張するが、以下認定するとおり、被告会社は組合及び分会に対する嫌悪感を繰り返し表明していること、仕事の取上げは分会結成通告の翌日に始まっており、事前連絡の禁止という非能率的な指示を伴っていること、命令及び質問は執拗に繰り返されていることに照らすと、いずれも嫌がらせとして行われたものと認めざるを得ない。)。

(一) 上村取締役は、同月二〇日、分会員らに対し、「珍客の訪問は大変不愉快だ。外部の人間を引き入れたことに対し詫び状を出せ。」と分会を非難する発言をし、翌二一日には、分会員の原告井上、佐藤、小金及び目黒佐和子の四名から、それぞれ担当していた業務を取り上げた上、前記のダイレクトメールの発送先を戸別訪問して、教室指導者を勧誘するよう命じた。この命令に際し、上村取締役は右四名に対し、予め電話連絡をしないで訪問して玄関先で断られる苦労をしてくるように告げた。右四名は、その後翌二二日から最長で同年七月二〇日まで約二か月間、この戸別訪問に従事させられた。

(二) 被告会社は、同年六月一日以降、外部からかかってきた電話を分会員が受けることを禁止し、分会員に組合関係の電話を取り次がなくなった。

(三) 上村取締役は、同年六月二九日、分会員らに対し、「組合の要求は受け入れられない。これは上部組織の要求だ。団交屋のような人を相手にするのは初めてだ。これについてはけじめをつけてほしい。」旨発言し、さらに、同年七月一一日、大阪支局の従業員に対し、「自分達の要求は自分達で言うべきだ。職員は横に座っているだけで団交屋だけがしゃべっている。ふきだまりの組合は認めない。けじめをつけるつもりである。」旨、組合を非難する発言をした。

(四) 被告会社は、同年七月二一日、その前日まで戸別訪問による教室指導者の勧誘に従事していた原告井上及び小金の両名に対し、過去のそれほど重大とは思われない就業義務違反(原告井上については昭和五九年一一月頃三〇分間の残業を拒否したこと、及び昭和六〇年一月七日会議中に終業時刻で退席したこと)をことさらに指摘した上、同月三一日までこのような過去の就業態度を自宅で反省するよう命じた。

翌同月二二日、原告井上と小金は、出社して就労を申し入れたが、被告会社はこれを拒否し、上村取締役は、右両名に対し、自己反省を終えて出社する際、「自己変革建白書」を提出するよう命じた上、「自己変革ができなければ解雇する。」と述べた。

原告井上と小金は、反省を命じられた期間の終了後、同年八月三日に出社したが、右の「自己変革建白書」は提出しなかった。これに対し、上村取締役は、「今日からは仕事は何もない。会社の指示したこと以外の仕事をするな。」と述べ、同月五日には、トイレ掃除、直営教室の落書消しを命じ、同月六日以降、原告井上には教材管理・発送の仕事だけをさせ、元の仕事に戻さなかった。

(五) 上村取締役は、同年一〇月一六日、原告高橋から教材作成の仕事を取り上げ、同月二〇日、原告高橋に対し、「あなたの仕事はほとんどなくなってしまった。」と告げて、教室指導者募集のちらし配付、ダイレクトメールの宛名書き、発送の仕事を命じた。

(六) 上村取締役は、同月一九日、後記7記載の抗議集会に関連して、原告高橋に対し、「社前であんな行動をすれば、地域の親が見て生徒が減る。その責任はお前にある。」と言って、同月二〇日以降、原告高橋から教室指導者を対象とする学習会の業務を取り上げた。

(七) 被告会社は、同年一二月一五日、原告高橋に対し、業務命令として「一一月の初めから、指導者募集、生徒募集の仕事をしていますが、二か月になったので、これまでの状況をまとめて提出してください。中央教室は、四〇人以上の生徒を必要とし、三〇人を割ると閉鎖しなければなりません。どのようにして生徒増を図るのか、あなたの考え方、方針を出して下さい。一二月二一日までにまとめて提出しなさい。」と命じた。

原告高橋は、右抗議集会の後の上村取締役の言動からすると、この命令は、組合の活動と生徒減少を結びつけるものであると考え、これに従わなかったところ、被告会社は、原告高橋に対し、同月二五日、訓戒処分として同日午前中に始末書を提出するように命じた。原告高橋がこれにも応じなかったところ、被告会社は、同日、原告高橋を五日間の出勤停止にした。

(八) 昭和六三年一月八日、被告会社は、前記の出勤停止処分を終えて出社した原告高橋に対し、前年一二月のときと同様に、「担当者として、中央教室の生徒増を対策をどのように考えているのか、あなたの考え方、方針を一月一一日までに提出しなさい。」と命じた。

原告高橋は、指示どおり、同月一一日、自分の考えを書いた文書を提出したが、さらに、被告会社は、同月一三日、前回の命令には従わなかったのに、今回文書を提出したのはなぜかと原告高橋に質問し、原告高橋が業務命令をもらったから書いてきただけだ、と答えると、同日付けで、「提出された文書は、ただ書いてきただけとしか思えないものである。受け取ることはできません。もう少し内容のあるものにして、一月一四日までに提出しなさい。」と命令した。原告高橋は、これには従って期日までに文書を提出したが、被告会社は提出したものと認めず、さらに二月八日、業務命令として、改めて翌九日までに文書を提出し直すよう、執拗に命じた。

(九) 被告会社は、同年一月一一日付けの業務命令により、翌一月一二日以降、原告高橋の中央教室の生徒指導業務を取り上げた。これにより、原告高橋は本来担当していた業務のほとんどを取り上げられた形となった。

7  被告会社は、昭和六二年一一月九日付け文書で、「被告会社は危機の回避に努めてきたが、従業員の希望退職を募らざるを得ぬ事態にたちいたった」として、希望退職者二名を募る件について、組合及び分会に対し、同月一三日午後七時三〇分から話し合いたいと申し入れた。

分会は、被告会社の分会員らに対する処遇や右の希望退職者募集に反発し、組合及び出版労連の支援の下に、同月一三日当日、始業時から午後二時まで社前で抗議集会を実行した。同日午後七時三〇分から、被告会社と組合の間で、右希望退職者募集の件について団体交渉が行われたが、上村取締役が右の抗議集会に反発したため、本題には入らなかった。

8  上村取締役は、同年一一月二五日、本部事務局、大阪・札幌両支局の従業員に宛てて、「組合から、『悪質経営者、卑劣、それでも教育者か』と最大級の罵声を浴びせられ、もはや教育産業に従事するわけにはいかないと判断した。気がかりなことは、資本金の数倍の借入金のことであるが、今度のことは私なりの責任を果たすつもりである。労組の活動で経営者を退陣させたのは大きな成果なのでしょう。出版労連、組合、分会の活動は各教室の先生方や従業員の利益になっているのでしょうか。今期一杯で退職することを決意した。」という内容の文書を回覧し、同日行われた組合との団体交渉の席で、自己の被告会社に対する個人保証を引き上げる旨発言した。

9  同年一二月二六日、被告会社が組合に申し入れていた前記の希望退職者募集の件について両者間で次のとおり話合いが行われた。

まず上村取締役は、「固定収入が年々落ちている。固定費用は落とせる性質のものではないから、人件費を削減する以外に方法がない。よって、退職金を規定の二割増しとするということで、来年の二月末までに退職者を数名募る。」旨説明した。これに対し組合が、人員削減しなければならない根拠について質問したところ、上村浩郎社長は、「収入が一一月末の累計で昨年度対比八八・九パーセントの状況にある。」と答えたので、組合が重ねてその資料を用意しているかどうか質問したところ、上村取締役は、「財務内容を業種の違う方達にお見せしてもご理解を頂けないだろうと思います。本日は用意しておりません。」と答えた。組合が、判断材料がなければ説明を理解できないと反論すると、上村取締役は、「あなた方はうちの仕事をご存じないので、そういうところへは出せません。私どもは理解を得ようと思って申し入れたのではございません。説明だけでございます。納得は必要ありません。納得してもらおうと思っていませんので、こちらは用意しておりません。これは団体交渉ではございません。」と答えた。そこで、その後、被告会社の借入金、上村取締役の退職等について約二時間余りやり取りがあったが、希望退職者募集を必要とする事情については具体的な資料を示しての説明は行われなかった。

さらに翌昭和六三年一月以降同年三月二四日までに計八回にわたり、被告会社と組合は希望退職者募集の件について話合いを行ったが、組合は希望退職者募集の撤回を強硬に主張するのに対し被告会社は頑にこれを拒むという状況が続くだけで進展はなく、結局、希望退職者募集を必要とする事情に関する資料も一切提示されなかった。

そして、被告会社は、同年二月一六日、同月末を期限とする希望退職者の募集を行ったが、応募者はなかった。

10  上村取締役は、同年三月七日、原告高橋に対し、「ちらし配付について、生徒を減らして申し訳ないという気持ちでやっているか。」と質問した。これに対し、原告高橋が、「生徒減の責任を全部押しつけられても困る。」と反論したところ、上村取締役は、突然、他の従業員に向かって、「皆にも聞いてもらう。今、私は原告高橋に退職を勧奨している。」と大声で怒鳴った。これを聞いた原告井上が、「それはやり過ぎではないか。」と抗議したところ、上村取締役は、原告井上に対しても、「ついでに今やってしまおう。あなたにも退職を勧奨する。」と告げた。これに対し、原告高橋と原告井上が、被告会社の分会結成通告以来の組合攻撃について抗議したところ、上村取締役は、側にいた小金、西野に対しても「あなた方も同じ考えか。」と質問し、両名が同じであると答えると、「四人とも辞めてもらいたい。」と述べた。

11  被告会社は、同月二五日、原告高橋及び原告井上に対し、本件整理解雇をした。その後、被告会社は原告らの就労を拒否している。

(人員整理の必要性について)

被告会社は、右認定のとおり、本件整理解雇当時、大阪事件の影響により経営が悪化し、昭和六〇年度には二五七六万八二三一円の営業利益を上げていたのが、昭和六一年度には一一〇〇万五九六二円、昭和六二年度には五六〇万六六三九円の営業損失を計上している。さらに、《証拠省略》によれば、学齢期の子供が減少傾向にあり、しかも競合する大手の同業者が複数存在するため、生徒を短期間に大幅に増やして経営の回復を図ることは困難であることが認められる。したがって、被告会社は、本件整理解雇当時業績不振の状況にあったものといえ、何らかの措置により経営を建て直す必要があったことは否定できない。

しかし、右認定事実によっても、被告会社の経営状態が人員整理を要するまでに悪化していたかどうかはにわかに判断し難いところである。そして、仮に人員整理が必要であったとしても、以下判示するとおり、本件整理解雇は他の要件を欠いており、いずれにしても無効との判断を免れ得ないものである。

(人員整理回避のための措置について)

被告会社が、昭和六一年度以降、経費の削減に努め、昭和六〇年度には二億三〇五三万七七二二円であった一般管理費及び販売費を、昭和六一年度には二億〇四五八万二六〇三円、昭和六二年度には一億八四一四万九三二六円に削減したこと、教室指導者を増やすために昭和六二年四月にダイレクトメールを一二四〇通も発送したほか、教室の維持、経費の削減のための方策を取ったこと、昭和六一年末は一時金を支給せず、昭和六二年には賃上げも実施しなかったことは、前記3ないし5で認定したとおりである。したがって、被告会社は、人員整理回避のために、一応の経営努力をしたものということができる。

しかしながら、被告会社は、前記9に認定のとおり、希望退職者募集を議題とする団体交渉を組合との間で数回開催し、希望退職者の募集も行ってはいるものの、この団体交渉や希望退職者募集に際して、被告会社は、退職者を募らなければならない理由について会計帳簿等の資料を示して説明したことは一度もなかったばかりか、資料を提示する意思のない旨言明しており、また、被告会社の主張する昭和六二年三月七日の退職勧奨の実態は、前記10認定のように、上村取締役が原告らを含む分会員四名に対し突然感情的に「辞めてもらいたい」と通告しただけのものに過ぎないのであって、結局のところ、右の団体交渉、希望退職者募集、退職勧奨は形だけのものであり、実質的に意味のあることはほとんど行われなかったものといわざるを得ない。もっとも、組合は、前記認定のとおり、団体交渉の当日に抗議集会を敢行して対決的な雰囲気を作りだし、団体交渉に当たっても希望退職者募集の撤回を強硬に主張しており、組合の態度にも穏当を欠く面があったことは否定できないが、このような事情を考慮しても、被告会社が資料を提示して誠実に説明をするについて支障があったとまでは認められず、被告会社が説明をしなかったことが正当化されるものではない。

また、被告会社は、教室指導者や生徒を新たに募集するため、従業員に戸別訪問やちらしの配付をさせたのに、原告らがこれに従わなかった旨主張するが、これらの措置は、前記認定のとおり、事前に電話連絡をさせないという非能率的なやり方を取ったところに表われているように、もっぱら組合員に対する嫌がらせの一環としてやらせたものであって、真剣に業績回復を目的として行わせたものとは認め難く、原告らがこれを熱心に行わず、業績が回復しなかったとしても、原告らの態度を一概に非難することはできない。

さらに、被告会社は、会費及び納入金の値上げは不可能であった旨主張するが、《証拠省略》によれば、被告会社は、本件整理解雇の後ほどなく、平成元年一月から平成二年四月にかけて、会費及び納入金の値上げを実施しており、本件整理解雇に先立って会費等の値上げを実施して、業績回復を図ることも十分考慮に値することであったと認められる。《証拠判断省略》

右の事情に照らすと、被告会社が整理解雇回避のための措置を十分に尽くしたとは到底認めることができない。

(人選の合理性について)

1  原告高橋の勤務状況について

まず、原告高橋は勤務態度に問題があったり、仕事内容に不平を言ったりしたので仕事を取り上げた旨を被告は主張するが、原告高橋からの仕事の取上げは、嫌がらせとして行われたものと認められるから、仕事の取上げの事実から原告高橋の勤務状況が悪かったことを認めることはできない。

次に、《証拠省略》によれば、原告高橋が中央教室を担当していた当時、同教室の生徒数が減少し、原告高橋が担当を外された後、再び生徒数が増えたことを認めることができる。しかし、他方、《証拠省略》によれば、生徒が減少した当時、上村取締役もまた原告高橋とともに中央教室を担当していたことが認められる。また、その当時、上村取締役が繰り返し原告高橋に嫌がらせを行っていたことは前記認定のとおりであり、《証拠省略》によれば、生徒が減少した当時、被告会社は、中央教室の開催日数を週四日から週三日に減らしていることが認められ、これらが生徒の減少に影響したことを否定することはできない。これらの事情に照らすと、原告高橋の担当時に中央教室の生徒数が減少した事実を、原告高橋の勤務状況が不良であったと認める根拠とすることはできないというべきである。

さらに、昭和六三年三月一日原告高橋が、勤務時間中被告会社の許可を受けずに中央教室の父母説明会に出席したことで始末書を提出した事実は、当事者間に争いがないが、これが整理解雇の人選の合理性を基礎付けるほど重大な就業義務違反であるということはできない。

また、被告の主張する、原告高橋が教材の改訂に際し他社の教材を引き写したものを提出したとの点については、これに副う被告代表者の供述はあいまいで採用できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。また、原告高橋が被告会社の教材を自己の著作に取り入れて著作権を侵害したとの点については、問題とされる被告会社の教材と原告高橋の著作を比較すると、類似の記載がなくはないものの、いずれも中学二年生用の教材であり同一の単元を扱っていることから必然的に似通ってしまう可能性が窺われ、にわかに著作権侵害の問題を生じるとは認め難く、さらに《証拠省略》によれば、上村社長自身も右原告高橋の著作が被告会社の著作権を侵害しているとまでは認識しておらず、被告会社として右原告高橋の著作について何らの措置も取っていないことが認められるのであって、結局著作権侵害の事実は認めることができない。

以上のとおりであるから、原告高橋の勤務状況が不良であったとすべき積極的事情は認められないというべきである。

2  原告井上の勤務状況について

被告主張の事実のうち、原告井上は戸別訪問に不熱心であったとの点については、戸別訪問自体が仕事の取上げという嫌がらせの一環であったことは前記認定のとおりであって、これに不熱心であったからといって原告井上の勤務態度を不良と評価することはできないというべきである。また、自宅で反省・自己変革するよう命じても従わなかったとの点については、そもそも自宅での反省・自己変革を命じられた理由は戸別訪問とは関係のなかったことも前記認定のとおりであるから、この点についての被告会社の主張も採用できない。

教材管理・発送業務に不熱心なところがあったとの被告の主張については、そもそも、この教材管理・発送の業務は仕事の取上げという嫌がらせの一環であったことは、前記認定のとおりであり、これに不熱心であったからといって勤務態度が不良であったとは評価できない上、右主張に副う《証拠省略》は反対趣旨の《証拠省略》に照らして採用できず、他に右主張に係る事実を認めるに足りる証拠はない。

報告書を提出しなかったとの被告の主張については、《証拠省略》によれば被告会社が昭和六二年一二月一五日原告井上に報告書提出を命じた事実を認めることができるが、《証拠省略》によれば、右報告書は同年七月に提出済みであったことが認められるから、この主張も採用できない。

さらに、無断欠勤が多かったとの点については、これに副う証人上村純子の証言、被告代表者の供述は漠然としたもので採用できず、他に無断欠勤が多かったとの事実を認めるに足りる証拠はなく(被告会社は原告井上の欠勤・休暇届を乙第五一号証として提出しているが、同号証によっても無断欠勤の有無は判然としないばかりか、そもそも同号証は昭和五七年から五八年のものであって本件整理解雇当時の原告井上の欠勤状況を直接に示すものではない。)、原告井上が指導者の集まりに登山着姿で出席し顰蹙をかったとの事実についても、《証拠省略》によればこの事実を認めることができるものの、これは昭和六〇年ころの事実であることが窺われ、直ちに本件整理解雇の時点における原告井上の勤務状況が不良であったと認める根拠とはし難い。

以上のとおりであるから、原告井上についても勤務状況が不良であったとすべき事情は認められないというべきである。

3  被告会社は、考課を行った結果、原告らの成績が著しく劣ったので原告らを本件整理解雇の対象とした旨主張する。しかし、原告らの本件整理解雇当時の勤務状況が不良であったとはにわかに認めがたいことは右1、2のとおりである。しかも、《証拠省略》によれば、被告会社は、本件整理解雇に先立っては、考課の結果はおろか、考課を行っていること自体についても、原告らや分会に対して説明したことがないこと、考課の内容も、勤務態度、迅速性、正確性、積極性、協調性、責任感等の抽象的な項目について単純に五段階の評価を記載しただけの大雑把な内容であること、記載上昭和六二年三月時点のものとされる考課表では、同年四月以降に教材作成、中央教室の担当という重要な業務を担った原告高橋の考課結果が、考課対象となった者の中で最低となっているという不可解な内容になっていることが認められ、これらの事実に照らすと、《証拠省略》中、被告会社の右主張に副う部分は採用できず、被告会社が右考課に当たり公正に従業員の成績を評価したと認めることはできない。

4  右のとおりであるから、本件整理解雇の人選が合理的であったとは認められないというべきである。

かえって、前記認定のとおり、被告会社が組合に対し嫌悪感を抱き、原告らを含む分会員へ嫌がらせを繰り返したこと、原告らは本件整理解雇当時いずれも分会役員であったことに照らすと、被告会社はもっぱら原告らの存在をうとましく感じ、これを排除しようとして、本件整理解雇の対象に選んだものと認めざるを得ない。

(結論)

以上のとおり、本件整理解雇については、人員整理の必要性の有無についてはにわかに判断できないものの、被告会社において整理解雇を回避するための努力を尽くしたとも、解雇対象の人選に合理性があったともいえず、もっぱら人員整理に託けて原告らを排除する意図によるものであって、解雇権を濫用したものといわざるを得ないから、無効であるというべきである。

二  本件懲戒解雇の効力について

次に、被告会社が本件懲戒解雇をしたことも当事者間に争いがないので、これが有効であるかどうか判断する。

争いのない事実、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

1  原告井上は、昭和六二年一二月頃、東京、神奈川、千葉、埼玉の教室指導者を被告会社には隠密の内に集め、右指導者らに対し、大阪事件の責任は上村取締役にある旨、事件を起こした者達を擁護する発言をした。

2  出版労連は、平成元年三月、被告会社の組合に対する姿勢を批判する内容の文書を被告会社の教室指導者らに送付した。右文書中には、大阪事件に言及して、「(被告会社経営陣は)多くの職員(八五年一二月までに五人)を退職に追い込みました。東京の管理職以外の全職員が、解雇の再考を求める『嘆願書』を提出すると、一人一人を個室に呼びつけ、そばにテープレコーダを置き『尋問』したり、机の配置替えをさせるなど、人間の尊厳を否定する行為を平然と行ってきました。こうした体質はついに経営内部の分裂をも引き起こし、いわゆる『大阪事件』による指導者の大量退会を招いたのです。」との記載があった。また、平成元年一月、被告会社の指導方針と異なる生徒指導を行い、また教室に在籍する生徒に必要な数をはるかに超えて教材を請求し、被告会社の定めた教育方針に従わなかったとして、山口益澄ら三名の教室指導者との間の教室開設委託契約を被告会社が解除したことに言及して、「山口・武藤・佐佐木先生へのイヤガラセと契約解除予告」と記載されていた。さらに、被告会社が平成元年一月から、教室指導者との間の契約関係を明確にするため、契約書の書式(この書式の内容については、教室指導者に対し様々な義務を負わせる箇所が目立つものの、特に不当と思われる条項はない。)を作り、教室指導者らとの間で契約書の作成を開始したことについて、「一方的な契約書の押し付け」「『有限会社』の利益を第一義としてそれに指導者を従わせようとするもの」「会社が一方的に優位に立つ内容であり、会社の判断でいつでも指導者を解約できることとなります。その行きつく先は、組合に対してとった『いやなら、いつでも辞めろ。』との無責任極まりない対応を指導者に対して取ることでしょう。」と記載されていた。また、被告会社が平成元年四月から中学生分の納入金を値上げし、平成二年の後半頃から各地域の実情に応じて会費の値上げを実施することをも計画していたことについて、「経営者の怠慢です。そのシワ寄せを指導者に押しつけようとするものです。」「値上げによる影響での減収を予測し、それを数学教育研究会で学習しようとする生徒とその親や、数学教育研究会として生徒を指導したいとする指導者に負担させようとする」との記載があった。

原告高橋は、右文書の作成名義人の一人として名を連ね、原告井上は右文書の発送に際し、宛名書きを担当した。

右認定事実によれば、原告井上は、被告会社の経営を悪化させた者をことさらに擁護する言動を被告会社に隠れて教室指導者に対して行っており、また、原告両名は、被告会社の組合に対する姿勢を批判するに当たり、その範囲、限度を超えた内容、表現を含んだ文書を教室指導者に配付したものである。このような原告らの言動が被告会社の経営に対して与える影響は無視しえず、ことにこのような文書を送付された教室指導者の中には被告会社との契約継続をためらう者が出てくることも予想されることを考えると、原告らの言動が「業務の遂行を妨げたとき」、「会社の名誉信用を傷つけ、または会社の利益に明らかに反する行為が認められたとき」に該当するとして、被告会社が原告らに対し何らかの懲戒処分を行うことは、一概に違法、不当とはいえない。しかし、右1の事実については具体的にどの程度被告会社に不利益な言動があったかは判然としないこと、右2の事実中、山口ら三名の教室指導者との契約解除に関する「イヤガラセ」との表現については、《証拠省略》によれば、右山口ら三名は右契約解除の無効を主張し、被告会社を債務者として地位保全仮処分を申請し、これを認容する決定を得ていることが認められるので、右表現が不当なものであったかどうかは、にわかに判断できないこと、さらに、前記一で認定したとおり、被告会社は一貫して原告ら分会員に嫌がらせを続けていたこと、しかも、原告らの言動は、被告会社が本件整理解雇に託けて原告らを不当に排除しようとし、原告らの従業員としての地位を否定している状況下で行われたことを考えると、本件懲戒解雇は解雇権を濫用したもので無効といわざるを得ない。

なお、《証拠省略》によれば、昭和六三年六月、仮称数学教育研究会指導者連絡会議という集まりが発足し、この集まりに参加した教室指導者らが、被告会社と各教室指導者との間の関係について、被告会社の姿勢に批判的とも受け取れる意見を表明するということがあり、この集まりにおいて、原告らに対する本件整理解雇が話題になり、原告高橋を呼び出して事情を説明させたこと、平成元年三月から四月頃、一部の教室指導者が、契約問題を考える会という名称で、被告会社が後記のとおり教室指導者との間で契約書を作成し始めたことを批判する内容の文書を教室指導者らに配付するということがあったことを認めることができる。しかしながら、右の指導者連絡会議については、右証拠によれば、表明された意見自体に特に不当な点は見受けられないと認められるばかりか、原告らが右意見表明に積極的に関わったとの事実を認めるに足りる証拠はなく、また、右の文書配付の事実についても、原告が文書配付に関わったとの事実は認めることができないから、これらの事実を理由に原告らを懲戒解雇することはできないというべきである。そして、被告の主張に係る懲戒解雇の理由のうちその余の点については、これに副う《証拠省略》は、具体性に乏しい上、反対趣旨の《証拠省略》に照らして採用できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

三  賃金請求について

右のとおり、本件整理解雇及び本件懲戒解雇はいずれも無効であるから、原告らは現在も被告会社に対して労働契約上の権利を有する地位にあるというべきであるところ、被告会社が本件整理解雇以降、原告らの就労を拒絶しているのであるから、原告らは、被告会社に対し、本件整理解雇時以降の賃金の支払を請求できることになる。

《証拠省略》によれば、本件整理解雇当時、原告高橋は、一か月当たり、基本給一四万八〇〇〇円、家族手当二万七〇〇〇円、食事手当一万四〇〇〇円及び住宅手当三万円、合計月二一万九〇〇〇円の賃金を、原告井上は、一か月当たり、基本給一九万三五〇〇円、家族手当一万四〇〇〇円、食事手当一万四〇〇〇円及び住宅手当三万円、合計月二五万一五〇〇円の賃金を、それぞれ被告会社から毎月二五日に支給されていたことが認められる。なお、原告らは、この他に残業手当、交通費及び特別手当を支給されていたことが右証拠により認められるが、残業手当、交通費については、原告らは現実に残業、通勤を行っていない以上請求することはできないものというべきであり、特別手当についても、どのような趣旨の手当であるかは不明であり、右証拠によれば、昭和六三年一月には支給されているものの同年二月、三月には支給されていないことが認められ、原告らが毎月受給する権利を有するものとはにわかに認められないので、やはり認容額に含めることはできない。

ところで、原告らは、将来の賃金についても期限を区切らないで支払を求めているが、原告らが被告会社に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する本判決確定の日より後に支払期日が到来する賃金及びこれに対する遅延損害金の支払請求については、特段の事情の認められない本件にあっては、将来の給付を求める必要性を肯定することができないから、この部分に係る訴えは不適法なものとして却下すべきである。

右によれば、原告らの賃金請求は、昭和六三年五月から本判決確定の日まで毎月二五日限り原告高橋については二一万九〇〇〇円、原告井上については二五万一五〇〇円及びこれに対する支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める部分に限り理由がある。

四  不法行為について

1  原告高橋関係

被告会社が、原告高橋に対する嫌がらせとして、昭和六二年一〇月一六日、教材作成業務を取り上げ、同月二〇日以後、主として教室指導者募集のちらし配付、ダイレクトメールの宛名書き・発送の仕事を命じ、同月二〇日、教室指導者を対象とする学習会の業務を取り上げ、同年一二月二五日、業務命令(その実質は被告会社の原告高橋に対する嫌がらせにほかならない。)に服さなかったことについて始末書を提出するように命じ、これに応じなかったことを理由に五日間の出勤停止処分を行い、昭和六三年一月八日から二月八日にかけて嫌がらせの業務命令や質問をし、同年一月一二日中央教室の担当から外したこと、原告高橋を含む分会員らに対する嫌がらせとして電話の取次ぎをしなかったこと、原告高橋を被告会社から排除するため本件整理解雇を行ったことは前記一で認定したとおりである。被告会社の以上の行為は原告高橋の名誉及び利益に対する侵害であり、不法行為を構成する。

2  原告井上関係

被告会社が、原告井上に対する嫌がらせとして、昭和六二年五月二二日、担当していた業務を取り上げ、同年七月二一日過去のそれほど重大とも思われない就労義務違反を口実に同月三一日まで自宅で反省・自己変革するよう命じ、同月二二日、原告井上が出社して就労を申し入れたところ、これを拒否して自己変革建白書を提出するよう命じ、自己変革しなければ解雇する旨述べ、右期間が経過した後も元の仕事に戻さなかったこと、原告井上を含む分会員らに対する嫌がらせとして電話の取次ぎをしなかったこと、原告井上を被告会社から排除するため本件整理解雇を行ったことは前記一で認定したとおりである。被告会社の以上の行為は原告井上の名誉及び利益に対する侵害であり、不法行為を構成する。

3  原告らが、被告会社の右不法行為によって被った精神的損害に対する慰謝料としては、それぞれ金五〇万円が相当である。

五  結論

以上のとおりであるから、各原告が被告会社に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを確認し、各原告の賃金及びこれに対する遅延損害金の請求については、前記理由のある限度で認容し、将来の訴えとして不適法である部分を却下し、その余は理由がないから棄却し、各原告の不法行為に基づく損害賠償請求については、各原告につき金五〇万円及びこれに対する平成元年一二月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言について同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 相良朋紀 裁判官 阿部正幸 岡田健)

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